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2010年5月

2010年5月26日 (水)

庭のバラ

庭に植えてあるバラが咲いたので撮らなければと思っているうちに盛りを過ぎてしまいました。
もう数日前になりましたが5Dmk2にタムロンの90mmマクロ(ニコン用)を付けて撮りました。
昭和記念公園のオフ会以来タチアオイさんご夫婦の花の写真を見て学習したつもりですが、やはりセンスの無いのはいかんともしがたく上手く撮れなくてがっかりしました。
家内が薔薇が好きなので庭の薔薇で飾れる様な写真を撮ってくれと頼まれていますが今回もダメでした。

もう10年くらい前に植えたツルバラですがこの花は蕾のときから花が開くにしたがって色が変わる種類のものです。
蕾から咲いたばかりのものです。
1)
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開ききったらこうなります。
蕊が踊っている様に見えました。
2)
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もう少しアップで
3)
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別の花を正面から
4)
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赤の四季バラも有りますが風でブレしまいボツになりました。

最後は鉢植えのミニバラです。
5)
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2010年5月19日 (水)

母の死

4月20日から肺炎で入院していた母が5月13日に亡くなりました。
当日まで小康状態という連絡が来ていましたが夜容態が急変したとの事でした。
享年97歳天寿を全う致しました。

14日に松江に帰り、葬儀屋さんお寺さんと打合せをして、15日通夜、16日に松江市の葬儀場での葬儀を喪主として無事に終え昨日帰ってきました。

母を送るにあたって、周りの家族は高齢で知り合いがもうほとんどいないし身内だけの家族葬でという意見が多かったのですが、私は大正、昭和、平成を生き抜いて来た母を母と縁の有った可能な限りの人にお知らせをし送って貰う事にしました。
家内も前々からむしろ積極的に出来る範囲で心のこもったいい葬儀にしたいと言ってくれていました。

心のこもった葬儀とは祭壇を立派にするとか僧侶を沢山呼ぶとかではなく、私の写真の技術を活かし母の子供の頃から最近までの写真をスキャンしA4に印刷して10枚程ホールの前のロビーに飾り、弔問客に偲んで貰いました。
又喪主の謝辞は飾った写真と連動させて母の生い立ちを入れ少し長めに、ショパンの葬送行進曲をBGMにして述べました。

記録の意味も含めて謝辞の原稿をそのまま載せておきたいと思います。

「本日は皆様お忙しい中、母・石橋久美子の葬儀にご会葬・ご焼香を賜り、誠に有り難うございました。
故人もさぞかし喜んでいる事と思います。
母は享年97歳、天寿を全う致しました。

母は大正三年に出雲市天神町の宮司金本陸軍少佐の長女として生まれ、父親の赴任地小倉や満州で少女時代をお嬢様として何不自由なく過ごし、出雲の女学校を卒業した後、昭和10年に平田の本石橋家の石橋正道に嫁ぎました。
農林省の国家公務員であった夫と共に夫の赴任地であった朝鮮の京城に新居を構え、新婚時代から終戦までの10年間をそこで過ごしました。
その間4人の子供をもうけましたが長男を三歳で亡くし、さらに終戦という混乱の中全財産を置いて、私ども幼い3人の子供を連れて命からがら引き揚げて来ました。
この時の苦労話は私が子供の頃何度も何度も聞かされたものです。
母は戦争というどうしようもない生きるか死ぬかというこの時の経験で、生きている事自体が幸せな事で、物事にこだわらないでおおらかに生きるという人生観を身につけたのでは無いかと思います。
戦後ももちろんそれなりに苦労はあったというよりは私ども子供たちが苦労をかけてしまったと思っていますが、5人の子供を育て、大正、昭和、平成の三つの時代を生き抜いて来ました。
母は旅行が好きで平田・灘町の町内会や、女学校の同窓会などで色々な所に出かけておりました。
昭和56年に夫に先立たれたあとも、子供、孫、曾孫に囲まれて安穏に暮らしておりました。
そしていつも子供や孫を笑顔で見守ってくれたぬくもりのある母でした。

今年の4月20日から肺炎になり生協病院に入院して高齢にもかかわらず驚異的な頑張りを見せておりましたが、5月13日に眠る様に息を引き取りました。

生前はひとかたならぬご厚誼にあずかり、今またここに参列をいただきまして、故人もさぞかし皆さまのご厚情に感謝いたしていることと存じます。
これからも時には母の事を思い出してあげて下さればと思います。
皆様のご厚誼に心から御礼申し上げますとともに、母亡き後も故人同様のご厚誼を賜ります様親族を代表致しましてお願い申し上げます。

本日は誠に有り難うございました。」

ロビーに飾った写真も4枚ほど載せます。

1)
Photo
左より兄(私の伯父)、父親(私の祖父)、母親、本人


2)
Photo_2
左より母親(私の祖母)、叔父、本人、叔父、父親

3)昭和10年頃私の父が撮影した母。
Photo_3
父もこの頃写真をやっていて自分で現像・引伸したものが10数枚残っています。
父の撮った写真については又いつか載せたいと思っていますが、私の写真の原点であり目標でもあります。

4)昭和11年頃父が撮影したもの
Photo_4
抱かれているのは3歳で亡くなった長男(私の兄)

写真も、謝辞も皆様から良かったと言われ思い通りに母の葬儀を無事終える事が出来ました。

葬儀の後、斎場での火入れのスイッチを押す時はさすがにグット胸に来ました。

6月末の49日法要が終われば忌明けとなり撮影旅行にも出かけられるかなと思っています。

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2010年5月 6日 (木)

洗足池の花々

5月1日洗足池を半周して咲いている花々を撮ってきました。

E-P1+プラナー50mmF1.4手持ちです。

最初は洗足池に行く途中、毎年見事な藤の花を楽しませて貰っている洗足池に隣接している家の藤の花です。

1)
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洗足池では最初に勝海舟夫妻のお墓を撮りました。
篤姫、竜馬伝と活躍している割りにはここにお墓がある事はあまり知られて無いようで静かです。
1-2)
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勝海舟夫妻の墓所のまわりにはシャガやアヤメ、ツツジが咲いています。
2)
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これもアヤメだと思うのですが何という品種なのか良く分かりません。
3)
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構図を考えて撮ったつもりですがやはりイマイチです。
4)
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前ボケを入れてと思ってもセンスの無さはどうしようもありません。
5)
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水辺に行ってみると葦の新緑が目に入りました。
6)
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やはり私はこういう撮り方が合っているようです。

正真正銘のアヤメが早くも咲いていました。
7)
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真上から
8)
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弁天島のレンゲツツジが満開になっていました。新緑と青空の三色を意識しました。
9)
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弁天島では新しく水辺にツツジが植えられたのでツツジとボートを撮ってみました。
10)
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11)
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水辺のシャガです。
12)
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北側の岸辺には山吹が咲いています。
13)
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ここの山吹は八重です。
14)
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ウバメガシが綺麗なピンクの花を付けていました。
15)
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昨年はキショウブがいたるところに咲いていましたが、これからかもしれないし、植え替えられたかもしれません。
カキツバタも未だ見かけません。

5日に廻ってみたらキショウブもカキツバタも密かに咲いている所を見つけました。


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2010年5月 2日 (日)

故郷出雲市平田町

松江市に一週間帰郷している間に1日だけ私が小学1年から高校卒業するまで住んでいた旧平田市平田町にお墓参りもかねて行ってきました。

両親が松江市に移ったので40年振り位になると思います。
私が住んでいた家はもうなく駐車場になっています。
近所の家は有りましたが、何となくあの頃と違う様な感じがしました。

住んでいた家の前は昔から船川が流れています。
この川は宍道湖に注いでいて一畑電車が出来る前は私の家の前から松江まで定期船が運行されていました。
この辺りは灘町と言ってその頃は賑わっていたと聞いています。

船川は子供たちの遊び場所で鮒釣り、川エビ獲り、おんじょ(ギンヤンマ)釣りなど思い出が詰まった場所です。

橋の上から船川を写しました。
1)
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左側が灘町で赤紫の花の咲いている当たりに船着場が有りました。

2)
正面の山が旅伏山(タブシサン)でその頃毎日眺めていた私の山の原点となる山でこの山が見えると故郷に帰ったという実感がします。
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10年前から平田の古い街並みを木綿街道と名付け観光客施設として整備されました。
その中心となる建物が国の登録有形文化財の本石橋邸です。
実は祖父も父親もこの家で育ったのです。
私も何回も行った事が有り結婚した時は家内と挨拶に伺いました。
3)
本石橋邸
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4)
本石橋邸の隣に木綿街道交流館があります。
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5月23日にイベントが有る様です。
5)
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「おちらと」とは出雲弁でゆっくりとという様な意味です。


今回は時間が無く中に入らなかったのですが、木綿街道公式HPは以下です。

http://momen-kaidou.jp/

今度行った時には中に入り昔の記憶を懐かしみたいと思います。

松江への帰りは宍道湖の北側の国道431号線を右手に宍道湖を眺めながら快適なドライブでした。
この日は甥に連れて行って貰いましたが、途中「山里波」というレストランで食事をしました。

6)
宍道湖を眺めながら食事が出来ます。
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食事終わって駐車場に出てみたら晴れてきて宍道湖の向こうに旅伏山が見えていました。
7)
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8)
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今回の帰郷で持って行ったのはE-P1レンズキットだけですので全て撮影はE-P1です。

それから向こうで評判になっていた話題として5月末に全国ロードショーされる映画「RAILWAYS」が有ります。
平田出身の錦織良成監督が一畑電車を舞台に繰り広げられる49歳で運転手になった主人公の物語です。
中井貴一主演ですが私が注目したのは、百恵さんちの次男坊三浦貴大が出演していることです。

http://www.railways-movie.jp/

楽しみですね。

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